親の愛深きゆえに子どもが苦しむ姿が痛い。。あまおう産直農家物語
2017/12/08
心が痛い。 昔の自分を見ているようで何とも言えず涙があふれた。
今日は父親の期待に応えられずに苦しむ小学生のお話です。
決してお父さんが悪いとか息子さんが悪いとかそういう話ではありません。 どこにでもある話、実は私もそうだったという。。
今日12月7日は母校の小学校の持久走大会。 毎年、各学年のレースに全部参加して、子どもたちの真剣勝負に勇気をいただいてます。
毎年ドラマがあります。 早いとか遅いとかじゃなくって、一生懸命に走る子、泣きながら、「死にそう、もう死ぬ!」って泣きながらでも最後まで走り切る男の子、サッカー部と野球部の意地のぶつかり合い、転倒して泣きながらも立ち上がってダッシュする子。。
私も5年生の娘とさいごの100mを一緒にダッシュできて超幸せでした。
「すごいじゃん、やればできるじゃないか!」 そう褒めてあげました。 こんな親子になれてうれしかった。
というところで本題。。 その反面、おなかが痛くなって途中で走れなくなった児童が途中棄権、そのままうずくまって顔を上げません。
お母さんに聞きました。 お父さんの期待に応えられなかったのが悔しいんじゃないかなって。 恐いのかもしれないって。。
閉会式も立ち上がれませんでした。 でもその子の気持ち、あぁ、なんかわかるなぁって。
なぁ、OO、お前はよくやったぞ。 お腹痛くてもチャレンジしたじゃないか。 一生懸命に立ち向かったじゃないか、お前の悔しがる姿がお前がどれだけ本気で向かったかを証明してる。それだけ悔しかったんだよな。。お前は素晴らしい。 こんなに悔しがるほど頑張れたって素晴らしい。俺は誇りに思うぞ。。
普段から小学校には関わりがあるので、その子とも仲良しです。 でも一切顔を上げてくれませんでした。
思い出しました。 私も長男の3年生の時にサッカー習いたてのわが子にそれはそれは技術指導という私の思いを押し付けてしまい、人格否定にまで至りました。
「何やってんだ、真剣にやれよ、うまくなりたいんだろ!だったらこうやればいいんだ!」 わが子のためと言いながら、自分の正しさを押し付けていました。
まさにこの表でいう外的コントロールの鬼
そして長男は口を閉ざした。 パパには何を言っても駄目だというパラダイムを作ってしまった。
今はガミガミ言わない。 相手の内面にどう働きかけるかって考えながら、言葉選んでます。 言葉って凄く大事。
お父さんは息子さんへの愛が深きゆえに、期待が凄くあって、関心が高い。 だから厳しい言い方についついなってしまう。
それが息子さんを追い込んでるとはわからずに、追い込むことも教育だって思いこんでる。 という考え方は過去の私。
過去の自分を見てるようでした。 選択理論心理学を伝えたいな。。心の底からそう思いました。 お母さんに一言、ご主人と話したいな。。私も以前、息子にプレッシャーかけすぎて、伸ばしてあげれなかった辛い経験があります。 だから、今、子供たちの可能性を伸ばしてあげたいと思って一緒に走るんです。
愛が深いが故のこと、夫婦で真剣に話せば必ず伝わりますよ。。。何かあったらお会いしたいですね。 各家庭、事情もいろいろなので、そこまでにしました。
お父さんも子供もお母さんもみんな最善を尽くして生きている。 みんな幸せになりたくて行動を選択している。
だから認め合うこと。 この大前提があって言葉が選択されてくると、「何やってんだよ!」 この選択は効果的かどうか。。
ミスに対する言葉は、「痛かったね、でも一生懸命やったんだから、これは経験さ、どうやったらミスがなくなるか、一緒に考えよう」
言葉は自分にもっとも響きます。 効果的な言葉の選択 この言語管理が仕事にも家庭にも、実は人生をも大きく左右します。
だから学び続ける。
選択理論心理学。 涙を見るたびにもっと学んで広く伝えたいと思う。
スタッフにも妻にもわが子にも、こうした関わりが良い苺を作る基礎となっています。